【第一話】上京ダイエット

HOTに美脚を手に入れろ!

エクスレッグスリマーバナー
見せない時期こそ美脚を手に入れるチャンス!
温かいから冷え性改善!
寒い季節に温めながら美脚を手に入れるなら

こちらをチェック

このページをざっくりまとめると・・・

到着、そして野宿

東京の居住者は半分以上が地方出身者と言われていますが…言い過ぎかな?
実は私も今から17年前、田舎から東京へやって参りました。

ご挨拶遅れましたが、現在私は39歳、シングルファーザーで2人の息子を育てています。身長は175.5cmで、MAX体重74キロ、それが今現在は52キロと20キロ以上も体重が落ちた経緯をこちらのサイトに入られた方へお届けします。

笑いあり、涙あり、…嘘です。ありません。

私の激ヤセ体験記と、更に業界の裏話、目からウロコの内容となりますので、どうぞお時間あります時に訪問頂けますと幸いです。

さて、一発目のタイトルは「上京ダイエット」ということで、どうして上京すると痩せるのか?上京して何をして体重が落ちたのか?をオモシロおかしくお伝えしていきます。

私、誕生月が早生まれの3月なのですが、ちょうど大学卒業をして間もなくの22歳の時に、島根県から東京へやって参りました。

移動手段から説明しますと、島根県出雲市という出雲大社のある最寄りの出雲駅から深夜バスに乗り込み、13時間かけて東京は渋谷駅に到着しました。

出雲を18時出発でしたので、渋谷着は早朝5時でした。
渋谷一発目の感想は「汚ねぇ街だな」でした。

そりゃそうです。歩いているのは酒を飲んだ後のホストとキャバ嬢達、そしてホームレスだらけですから。カラスもカァカァごみを漁りながら鳴いていて、ここが憧れの東京なのか?と思ってしまいました。

田舎にはそんな下品な奴らいません。カラスも行儀いいですよ。ホームレスなんて存在していないですからね。

とにかく東京の第一印象は最悪で、渋谷はまず無いな…と思っていました。
それが今、なんと私は渋谷のオフィスでこれを書いています(笑)

とは言え、渋谷はやはり苦手です。苦手と言うか大嫌いです。本当イヤ。渋谷最悪。う○こ!
ま、そんな渋谷の悪口はここらへんにしておきましょう。

さて、私は立派に大学を卒業させてもらったにも関わらず「東京でフリーターをして生きて行く!」と親に言ったものですから…そりゃキレられました。予想通り親からの支援0での上京になった訳です。

もちろん20歳を過ぎていますので、いつまでも親のスネはかじられませんから、出発前に地元で短期アルバイトを行って20万円に届かないほどの軍資金を握りしめていました。プラスして今は亡きお婆ちゃんから3万円の餞別と共に。

つまりは、20数万円は所持していましたが、「家無し」「仕事無し」「知人無し」の状態だったのです。今思えばアホというか無謀な挑戦でしたね。

しかし私はポジティブでしたね。「20万円も持ってんじゃん!」と。
パチンコでもして増やそ♪などと考えていました。

これはリアルな話ですが、東京に来て一番最初に話した人は交番のお巡りさんです。

私  「すみません。新宿ってどうやって行くんですか?」
お巡り「JR乗って。」
私  「JRって何ですか?」
お巡り「新宿なら何乗っても停まるよ。」
私  「わかりました、ありがとうございます。」

ぶっちゃけ意味不明でしたが、長くなりそうだったので「わかりました。」と言った私。
JRってナンダ?電車なのか?バスなのか?

当時は本気で「JR」という乗り物があると思っていました。JRが電車の認識ではなかったのです。東京はハイテクな乗り物があるんだな…と。(笑)

当時はスマホなんて無かったですからね。外で情報取得など出来ませんでした。20歳までポケベル、1年間ピッチの後、やっと携帯GETの世代ですから。

さて、話は戻りますが「JR」の意味が理解できなかったので、あとは東京の人間は冷たいという勝手なイメージから、人と話すのが嫌になって、目的地の新宿に向かうことなく、渋谷のパチンコ店へ向かいました。

そして東京一発目のパチンコはもちろん勝ちました!7~8万円勝った記憶があります。大学の時もギャンブルが好きでパチンコは日常でした。比較的自分では博才があると思っていますし、勝負勘がある方だと自負しています。

上京初日の夜は何を食べたか、今では思い出すことができませんが、もちろん一人で、簡単なファーストフードかそんなものでしたね。

上京初日はこのように、大学の時と全く変わらない感じに過ごしました。せっかくの東京なのに。せっかくの上京記念日なのに。

そして問題の寝床。どこにしようかな?という問題ですね。もはやこの日は誰とも関わりたくないと思い、フラフラ歩き続けました。もちろん気ままに行く宛ても無く…尾崎豊の歌詞みたいですね(笑)

しかし、歩き続けてわずか数分。さすがに眠くなって来たぞ。そりゃそうさ。バスの中でも一睡もできず、24時間以上も起き続けていますからね。

こんな経験初めてですから、早くも痩せれそうです。ここ東京では色々なプレッシャーと戦っていかなければなりません。

そして代々木公園で一休み。代々木公園と言っても、当時は「ここが代々木公園か!」と思って居座った訳でもなく、後日改めて現場に行って「代々木公園だったのか!」という感じです。

Tetsuya Koiwaさん(@tkoiwa)が投稿した写真

3月でかなり寒かったですが、ギリギリのラインで野宿出来ると判断して、なんと初日は代々木公園で宿泊しました。段ボールは究極ですので、さすがにこの案はパス。まだホームレスではないですからね。そして普通にベンチに横になって、カバンを枕に丸くなって寝ました。

これといった事件に巻き込まれず、大した面白エピソードも無く、こうして上京初日は終了しました。少しお金が増えたことは収穫でしたね。

歌舞伎町でナンパ

初日を無事終えて次の日、何かしないといけない衝動に駆られ、とりあえず早めに動きました。またまた行く宛ても無く、何線かも解らない電車に飛び乗りました。

乗ったのはどうやら東急東横線(もちろんこれも後日知りました)3つ目、4つ目あたりで降りてみよう、と根拠の無いルールを自分で決めて、学芸大学というところで下車。

なかなかシャレオツなところでしたね。とりあえず駅前で缶コーヒーを買って、タバコを吸いながらキョロキョロしていたら、目に止まったのが「日サロ」の文字。風呂に入ってさっぱりしないといけないということで迷わず日サロに入店しました。

ま、1度だけではそんなに黒くなることはないですが、とりあえずサッパリしましたね。そしてこれも忘れましたが、開店前の行列が目立ったラーメン屋に私も並びました。

行列の出来る飲食店は「並んでまで食べるか?」という味が大多数。そこもそのような感じでしたね。とにかく東京を知らないので、何も面白くない。

ということでまたパチンコに行こうと考えました。全てのギャンブラーがそうですが、勝った日、そして次の日はプロになった気分になります。そして大体が返り討ちに合うものです。それが解っていたとしても、我慢できずに行ってしまうアホな人種ですね。

ちなみに私はそのアホの人種です。…ええ、もちろん返り討ちに遭いましたよ。初日の勝ち分を全て使い果たし、更に数万円失いました。見事に東京の洗礼を受けましたね。

途方に暮れて…と言いたいところですが、完全アウェイでそんなモチベーションではいけないと思い、すぐさま切り替えて次なるアクションを起こすことに集中しました。

それは「宿探し」です。今日は外で寝るのは勘弁だな。という考えは昼間からずっと持っていましたので、激安な寝床を確保すべく行動に移しました。

そして一旦渋谷に戻りJR山手線に乗り、新宿へ向かったのです。ちなみに余談ですが、田舎者って「東京と言えばどこ?」の問いに
1原宿竹下通り
2新宿歌舞伎町
3秋葉原電気街
という結果のようで(もちろん17年前の話)一度でいいので歌舞伎町に行ってみたかったんですよね。

新宿駅に着いたものの、駅構内で約30分ウロウロ。出口はどこなんだよ?とやり場のない怒りを覚えました。本当に解りにく過ぎ。大の大人が迷子ですよ…。

こんな経験をしていますので、私はいつだって田舎者の味方です。私は道を尋ねてくる方にはめっぽう優しいと有名です(笑)

そんなこんなで新宿歌舞伎町に辿り着きました。華やかなネオン、すれ違う人達全て悪い人間に見えるところですね。誘惑がたくさん、ピンクがたくさんの街です。

yuukihoashiさん(@yukin39649)が投稿した写真

そして歩いていると、あり得ない人垣が。おそらく22年の人生初の混雑を味わったのですが、その理由はハリウッドスターのキアヌ・リーブス来日によるものでした。

キアヌ・リーブスはマトリックスの試写上映会の為に、日本に来ていたんですね。新宿コマ劇場前があり得ない人で驚きました。

ちなみに映画は好きですがキアヌ・リーブスの作品はあまり好きではない私。「スピード」は面白かったですが「スピード2」は個人的に駄作と評価しています。

時刻は21時頃でしたかね。そしてそんな人だかりで一生懸命背伸びをしてキアヌを見ようと試みている女の子を発見。そして私はロックオンしました。

私  「誰が来てるの?」
彼女 「キアヌ・リーブス。」
私  「へー凄いね。見えた?」
彼女 「全く見えない。もう劇場入っちゃったかも。」
私  「そうなんだ。じゃごはん行こうよ。」

じーっと私を見つめます。おそらく良い人に見えたのでしょう。

彼女 「わかった。終電で帰るよ。あとご馳走してくれるならいいよ。」
私  「OK!じゃ行こう♪」

なんか気が抜けるほど簡単でした。本当に苦せずに行けました。しかしここから慎重に交渉しなければ。

彼女 「友達呼んでいい?」
私  「ど、どうぞ~!」

まさかの友達呼ぶ発言!そりゃそうだろうな。一人だと怖いよね。そして連れがまさかの男だったらどうしよう?と思いながらも移動。どこもかしこも混んでたので、汚い雑居ビルに入っている「つぼ八」へ。

ここからは一問一答だと余りにも長くなりますので、中省略で私がまとめて説明します。

どうやら彼女は私の一つ上。名前はタカコ。昨年私と同じように上京してきたみたい。青森県出身で目黒駅前のスリムビューティハウスで働くエステティシャンだそうだ。

彼女、ごはんはあまり食べずに、とりあえず飲む飲む。さすが東北の女だぜ。かなり強いみたいね。でも体のラインは細くて、顔は田中美里そっくり、なかなかの美人さんでした。

本当に身の上話をペラペラ話す彼女。ま、聞き出す私の話術が凄いのでしょう。そして私もさらけ出し全てを話し、なかなかの意気投合ぶり。もうここで確信しましたね、この子の家に泊まれると。

しかし待てども待てども来ない友達とやら。30分経ち、1時間経ち…と言うか既に私は来ないと予想していましたが(笑)

おそらく架空の友達の存在をチラつかせて、私に対して防御線を張っていたんですね。なんとも可愛い子じゃないですか!

「泊めてください」のお願いにもすんなりOK。ただし別部屋ね。という答えでした。人間、第一印象と、トークは非常に重要ですね。

あとは運の良さ。彼女、普段は新宿などで途中下車しないようですが、その日に限って新宿三丁目店までおつかいを頼まれてたまたまコマ劇前を歩いていた、とのこと。

そしてキアヌ・リーブスで足止めを食らっていた、次の日休みだった、ちょうど飲みたかった…などが全て重なったみたいですね。

これを聞いた私は「俺、持ってるな♪」と今でも思います。

昨日に新宿到着していたら出会っていませんし、当日もパチンコで勝っていたら普通にホテルに泊まっていたかもしれませんからね。

そして初台で一人暮らしをしている彼女の部屋に行きました。部屋の外で2時間待たされ、(おそらく入浴と掃除だと思いますが)夜が明けそうになった頃にやっと招かれました。

間取りは2K。確かに女の子の一人暮らしでしたね。結果的にはそこで8ヶ月過ごすことになるのですが…。

フリーター生活からの…

さて、憧れの東京に来て住処も確保し、いよいよ働くことを考えた私。同居人の彼女が求人誌フロムエーやらanを買ってきましたね。

ちなみに同居人からは転がり込んでから3日後に「もうベッドで寝なよ」と言われましたので、別部屋で寝なくても済むようになりました。へへっと♪

ちなみにバイト代が出るまではいわゆる「ヒモ」ですから、家事はしっかりとこなしました。とにかく機嫌を損ねず、楽しい雰囲気を作るように努力しました。

アルバイトもすんなり決まりましたね。家が初台ですから、日中はその近辺のampm、夜は神保町のインド料理店の厨房に入りました。

あとは、野球が好き過ぎて東京ドームまでエントリーしました。今は解らないですが、当時はまだ長嶋監督、後のヤンキースの松井などもいましたので、たかがバイトも狭き門だったんですよ。

しかしこちらも採用。見事に東京ドームで野球を見ながらビールを売ることもできました。だんだん東京生活が楽しくなってきた私。しかしある衝動に駆られます。

「せっかく東京に来たんだ、俺は大卒だし、やっぱりバイトじゃ駄目だ!」
「スーツが着たい。金を稼ぎたい!綺麗なオフィスで働きたい!」
といったことです。

…思えば上京してから半年間、田舎に一度も連絡していない私。さぞかし親は心配してるんだろう…と。

私  「あ、俺。元気?」
おかん「!?あーあんたか。ごはん食べてんの?」
私  「家決まったし、バイトも…」
おかん「忙しいから切るよ!」

…おいおい。なかなかの対応でした(笑)
実はうちの実家も商売しているので、本気で忙しかったらしいですね。

後に聞きましたが「連絡無いのは元気な証拠」だと思っていたようです。どこかで生きてりゃそれでいい。と思っていたようです。駄目なら勝手に帰って来るだろうと。

ちなみにここから4年後のことですが、私の妹も上京しています。兄貴が暮らせているので、近くにいるなら大丈夫だろうということで。

妹には感謝してもらいたいですね。兄貴が野宿やナンパなどして切り開いた道ですから(笑)そんな妹は都内の大学に入学、卒業後、今も東京で小学校の先生をやっています。

私には他に弟もいますが、田舎で家業を継いでいます。弟も妹も私より数段頭が賢く、まともな奴らです。たまに実家に集合する時は仲良しですね。

さて、話を元に戻しましょう。フリーターという肩書も、自分の中では憧れから大した存在では無くなっていました。今考えると普通に格好悪いですよね。

プロ野球のシーズンも秋を迎え終わりが近付いてきた10月頃に、脱フリーターの決意をしました。東京ドームのバイトはあくまで「野球が観たいから」という不純な動機でしたから(笑)

東京ドームのバイトはもちろん野球だけではなく、コンサートなどの興行もありましたよ。ドリカム、サザン、SMAP、久保田利伸、BONJOVI…多くのアーティストのライブイベントもありましたね。

しかし物足りない。野球が終わる頃には、フリーターが嫌になっていましたね。「時給ってなんだよ…」というような感じで。バイトって結末が見えていますし、それ以上も以下も無い。

そもそも「仕事」と「作業」って違うと思うんですよ。偏見ですが、該当する方には大変失礼ですが、コンビニやパチンコ店なんて誰でも働けますよね?東京ドームだってそうです。誰でも働けます。

替えが利きますよね?これって仕事じゃなくて作業なんですよ。その人じゃなくてもいい、ということ。数合わせの駒です。いわゆる歯車です。それも安い簡単に取り替え可能の歯車。それって寂しくないですか?

誰もがすぐ出来ること、つまり替えが利くのは仕事では無く作業。そこら辺で歩いているおっさんにも口頭レベルで伝わる作業なんですよ。

しかし私は仕事がしたかった。誰かに交代しても勤まるのは仕事ではない、と。せっかくはるばるやってきたのだったら、自分にしかできないことをやろうと!

そして彼女の家を出ることを決意しました。加えて、正社員の道を目指すべく、いわゆる就職活動をしてみようという考えも起きたのです。つまり、本当に全て自力でやってみよう!という気持ちが芽生えたのです。

収入がいくらかは彼女に告げていませんでしたし、最低限の食費のみ渡していました。家賃は要らないと言われていたもので…本当に助かりましたね。

彼女に内緒でせこせこと貯金もしていました。確か50万前後あったと思いますが、私は家探しに入るべく不動産屋を巡りました。

そして都営三田線、巣鴨から15分の板橋区の蓮根というところを本拠地に選び、ガチの一人暮らしを始めようとしました。お金はギリギリだったと思います。

ユウさん(@i___l_r)が投稿した写真

出て行く前日も普段通り過ごして、彼女が出勤してから手紙を書き、その手紙をテーブルに置いて、私は彼女の家を後にしました。

彼女とはそれきりですね。予想通り携帯にハンパない着信とメールの嵐。1週間、1ヶ月、3ヶ月、毎日ありましたかね。彼女には感謝していますが、東京に来た目的がバイトとヒモではないので、あえて甘えを絶ちました。

居座って数ヶ月でやはり恋人関係になる訳じゃないですか。「今度、島根連れてってよ」とか、東京ラブストーリーの鈴木保奈美ばりのセリフも聞いたり。

彼女がいなかったら、今の私はありません。ありがとうタカコ。

さて、引っ越し後は一切バイトはせずに、まずは安いスーツに身を纏い、とにかく就職活動を行いました。初めは高望みをしていましたね。ウケますよ。

昔から物書きが大好きで、スポーツ新聞の記者になりたかった私。野球でもサッカーでもいいのですが、現地のスタジアムに行って、選手の談話を拾って、それを自分なりに記事に起こして、翌朝新聞に載る、そういった仕事がしたかったのですが…。

まあ、甘くは無いですね。いくら大卒と言えども、地方出身者ですし、半年間アルバイトしていました、など言ってたらそりゃ採用などされませんよ。

スポニチ、日刊スポーツは書類選考で落ち、ジャーナリストの森本毅郎さんの事務所も面接まで行きましたが落とされました。その他、制作会社なども一通り受けましたが、全然駄目でした。テレビ、新聞に携わる仕事にどうしても就きたかったのです。

望みが高すぎたことをようやく理解した私は、マスコミのはしくれ、広告業に方向をスライドさせました。広告代理店は腐るほどありますしね。

自宅から一番近い大きな街はやはり池袋。ということで、池袋エリアで広告代理店を探してみることにしました。するとあっけなく1軒目で即採用を言い渡されました(笑)

とにかく私も早く活動したかったので、面接翌日に出社を申し出ました。社長の他に、社員3名という小さな代理店でした。

この時、実に上京8ヶ月後の11月。フリーター時は好きなように毎日を過ごし、時にはプレッシャーを感じながら東京を満喫したものです。

同居時は食べ物に困らず、その他では腹が減れば食べる、ということを当たり前に行っていましたが、確か5キロダウン。

とにかく不規則な生活でしたが、都会の空気、水に慣れるまで(この時はまだ慣れていない)の間で、自分では感じていないストレスを抱えていたのかもしれませんね。

これが「上京ダイエット」と私の中で位置付けていますが、まだまだこれから怒涛の、そして波乱万丈な日々が私には待っていました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です